第12回「日本語は弊害?Part 2」-日本語と英語は足の引っぱり合い?

第12回「日本語は弊害?Part 2」-日本語と英語は足の引っぱり合い?

アメリカでの教育や子育てに関連した悩み相談にお答えします。

更新日: 2017年08月23日

こんにちは。アメリカ現地校コンサルタントの高橋純子です。

このコラムでは、実際の在米日本人の保護者の方々から寄せられた、現地校や家庭教育などに関連した悩み相談への回答をわかりやすく説明いたします。

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前回のコラムでは、日本人生徒の多い現地校での英語習得問題についてお話ししました。今回の Part 2では、英語習得過程における日本語の影響や、日本語学習のあり方を、言語学的な角度から考えてみたいと思います。

英語も日本語もレベルが低い


Q.

在米4年、現地校で9月から小5になる男の子がいます。できるだけレベルの高いバイリンガルをめざしているので、学校では英語、家では日本語、週末も補習校に力を入れてきました。
しかし、現地校から「 英語の上達が大変遅い。同じ頃転入してきた他の外国人の子らは2・3年でESLを抜けた。普段の会話で文法の間違いも多く、リーディングもまだ3年生並み」などと問題視されています。
特に担任からは「もっと英語学習を中心にするべき」「日本語学習が足を引っ張っている可能性はないか?」「学習障害の疑いも考えられる」という指摘まで受けました。
日本語学習は、漢字の練習や読み書きも含めて、宿題に毎日かなり時間を取られているのが現状です。それでも実際の日本語力は衰えるばかりで、読み書きも学年レベルよりかなり低い状態です。
バイリンガルを目指しているのに、どちらの言語も中途半端が続き、いっそ日本語を中断して英語に集中しようかと考えています。しかし、他の日本人のお母さんから、日本語を伸ばすと英語も伸びる、と真逆の話を聞かされました。一体何を信じればいいのか、どういう方向で行けば良いのか、毎日悩んでいます。

A.

小1から現地校に通い始めて4年経ち、リーディングのレベルがまだ3年生並みというのは、息子さんの英語発達は一般的な語学習得のスピードと比較すると遅いと言えるかもしれません。
英語でも日本語でもおしゃべりは一見流暢でも、学習言語としては両方とも低いという子らはたくさんいます。実際、成功といえるようなバイリンガルのレベルに到達する子供は、そう多くはいません。現地校に転入するということは、これまで日本語で積み上げて来たものが中断されたり、停滞したりする期間が長く続くことを意味します。
まず言葉もわからない異文化の学校で、しかも科目も理解してついていくのは並大抵の努力ではできません。言語習得とは非常に時間と労力を要するもので、会話レベルで問題がなくなるまでに最初の3年はかかります。
さらに、読み書きを基本とした学習レベルの英語がこなせるまでには5年以上とも言われています。よって、これまでの4年間、学習上の知識が欠落し、十分理解もなされないまま過ごしてしまうことが多かったのではと思われます。
実際、現地校の先生に話を聞くと、やはり3・4年では英語の会話はできても、いわゆる「見かけ倒し」的な英語で、科目などの中身はあまりわかっていない子が多いという意見でした。。

また、現地校の生活が中心となると、英語そのものと科目の勉強、毎日の宿題などが優先なので、日本語をやる時間はかなり少なくなるのが通常です。
しかし、ご相談のケースでは、息子さんは日本語学習に毎日かなりの時間を費やしておられるとのこと。現地校の学習を全てこなした上で、日本語の宿題もやり、漢字などもちゃんと覚えさせようと思うと、夜遅くまでかかったり、遊びなどを削らなくてはならなくなったりと、本人の負担はキャパシティを超えてしまいます。
もしそうでなければ、優先順位を間違えて、家庭での英語のリーディングの時間を削っておられるのではないかと思います。例え補習校に通っていても、日本のように日本語が普通に溢れている環境に住んでいるわけではなく、毎日学校で何時間も読み書きを学習しているわけではないので、必然的に日本語力は低下していくのが通常です。

学習言語と知的発達

また、長期に渡って英語でも日本語でも「知識がきちんと入ってこない」「ちゃんとわかっていない」という状態が続く場合、思考能力の発達がうまくなされないなど、懸念される様々な要素が出てきます。
このため、バイリンガルではなく「セミリンガル」という状態に陥ってしまう子らもいます。「セミリンガル」の子らは、例えば現地校からは「英語のレベルが低い」、補習校からは「日本語のレベルが低い」と言われ、学年レベルの学習にも困難を及ぼす状態のことを言います。
このような状態があまりにも長く続く場合、英語か日本語かどちらかの優先言語をひとつにしぼることが望ましいとされます。そのため、日本語の学習を完全にストップしたり、または現地校から日本人学校に転校したりする家庭もあるようです。
これはかなり大きなステップなので、日本語と英語をなんとかバランス良くバイリンガルとして身につけられないものか、というのが多くの親御さんの悩みのようです。

日本語と英語の相互作用は?

一般的に第二言語の発達はいろいろな要素が絡み合って結果を出します。基本的には言語能力の個人差、環境による言語のインプット量、本人の社会性やモーチベーションなどがあります。
英語と日本語の両言語を習得させる上で最も厄介なのは、文法体系も音声も全て異なるこの二つの言語には、重複している部分がほとんどないという点です。例えばヨーロッパで3、4言語話せるのが凄いことだ、などと言われがちですが、これらの言語はもともと語源が同じだったり、文法も単語も文字もよく似ていたりします。
従って、共通している部分が大きく、彼らにとっては習得もそれほど困難と思えません。身近な例では、文法や語順がほとんど同じである日本語と韓国語があります。私の周りでも、韓国出身者で日本語を短期間で習得した人らが何人も存在します。
一方、日本語と英語は、文法・音声・文字も全て異なり、この二つの言語間にはかなり距離があると言えます。そもそも語順からして全く相反しているので、思考の順序にまで影響を及ぼす可能性もあります。その結果あまり言語能力が高くない子の場合、いわゆる「足の引っ張り合い」になりかねません。
実際、英語にどっぷり浸かると、英語が伸びる代わりに日本語力が低下し、日本語のインプットを伸ばすと、英語力が落ちたというケースをいくつも見ています。

一方、それとは反対に、お友達のお母様がおっしゃるような「日本語を伸ばすと英語も伸びる」という相乗効果説も存在します。英語だろうが日本語だろうが、その子が根底に持つ言語能力は同じです。
要するに日本語が伸びて思考力がつけば、英語においても思考力が移行される、という発想です。例えば日本語で作文が得意なら、そのスキルは共通なので英語での作文でも発揮されるはずです。
ただし、これは理想的な条件が揃ってこそ実現する現象かもしれません。要するにソフト面(基礎的な言語能力)の共通点はあっても、英語と日本語のハード面、(文法、単語など、形として表れている言語的特徴)の共通点が少なく、両方で違ったものを構築しなければならないのが障害となります。
よくあるケースですが、英語のハード面の学習に時間を取られている間、日本語力は落ちて行き、反対に日本語学習に時間を費やしていると、英語のハード面がなかなか伸びません。この結果、いわゆる両言語の「足の引っ張り合い」になりかねないわけです。
加えて、これらの相乗効果は、もともと言語的能力・センスが高い子らに当てはまるケースがほとんどだと思われます。もしまだ英語の基本で苦労している場合、日本語を伸ばしてもそのスキルが移行されるほどの英語レベルに達していないかもしれません。
この「相乗効果説」は、言語能力の高い子、また両言語がある程度習得できている状態が前提ではないかと思います。

優先言語を重点的に

アメリカと日本の両国で読み書き・スピーキングも全てこなせて、文化的にも両方馴染め、将来両国をまたにかけて仕事ができる、という理想を子供に持っておられる親御さんは多数いらっしゃいます。
しかし、現実的には、学習言語を伸ばす事が第一優先でなければ、これから中学・高校・大学でのアカデミックな内容で苦労し、また将来、普通の教育を受けた成人が持っているべき「読み書きレベル」も低いものとなってしまいます。
現在息子さんは現地校に通われているので、現地校(=アメリカ人の子らの英語基準)でレベルを測られるのは当然のことです。よって、学年基準よりもかなり遅れているのはやはり問題とされてしまいます。
ご相談では「高いレベルのバイリンガルをめざしている」とおっしゃっていますが、それは英語も日本語もただ流暢に話せればそれでいいということではありません。本当に言語が「できる」ということは、一人の人間として最低一カ国語でも読み書きが不自由なくこなせ、それを通して理解、知的活動や仕事ができるということです。
「バイリンガルになる」以前に、普通にこれらがこなせていなければ、あまり二カ国語をやる意味はないような気がします。ご相談者はいずれ息子さんがアメリカ社会で生きていくのか、それとも日本に戻るのかなどの将来を考えて、優先言語、サブ言語を再検討する重要な時期に来ているのかもしれません。
それによっては、先生の忠告通り日本語学習を減らして英語中心に修正するなど、大胆な方針転換も選択肢として考えてみましょう。


著者プロフィール:

高橋純子
KOMETコンサルティング代表
コロンビア大学応用言語学博士課程
NYを中心に日本人家庭への教育サポート活動、また現地校適応のための トレーニング、教材開発などを展開。 現地の新聞などに教育コラム等多数執筆中。 DVD教材 “Hiroshi Goes to American School”(原作・制作), 著書に「アメリカ駐在:これで安心子どもの教育ナビ」(時事通信社)がある。
KOMET website: http://www.faminet.net/komet
お問い合わせは jtkomet@gmail.com 高橋まで。

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