アメリカのプリスクールや学校が長い夏休みに入る5月。在米日本人ファミリーの多くが、「この長いお休みをどう過ごそうか」と頭を悩ませるのではないでしょうか。
我が家が出した答えは、毎年夏に日本へ帰り、実家の近くにある地元の幼稚園に「期間限定で体験入学」をさせることでした。
単なる旅行として日本を楽しむだけでなく、現地の「普通の日常」に一歩踏み込んで生活してみる。それは、私たち家族にとって毎年夏の大切なイベントになりました。
準備は3ヶ月前から!でも、一番の決め手は「数年前の行動」でした
幼稚園探しは、日本へ帰る3ヶ月ほど前からスタートします。 まずは、実家の両親に頼んで、近くにあるいくつかの幼稚園に電話をかけてもらいました。ネットで「帰国子女の受け入れ歓迎」と書かれている今風の幼稚園が良さそうだと思ったのですが、問い合わせてみると「短期の受け入れはやっていません」と断られてしまいました。
しかし、あきらめかけた時に救世主が現れました。 娘がまだ2歳くらいの時に、一時帰国中に数回だけ遊びに行ったことがあった、ごく普通の近所の幼稚園です。ダメもとで連絡してみたところ、受話器の向こうからとても温かい声が返ってきました。
「あぁ、〇〇ちゃんですね!よく覚えていますよ!」
なんと、二つ返事で受け入れをオッケーしてくれたのです。もし将来、「夏に日本の幼稚園に通わせたいな」と考えている方がいれば、3歳前の小さいうちに、地域の幼稚園などがやっている親子クラスなどに一度顔を出しておくことを強くおすすめします。その時のちょっとした繋がりが、数年後に大きなルートを開いてくれました。
面接と、気になる「持ち物」のお話
日本に着いてすぐ、幼稚園へ面接に行きました。 当時の娘の日本語力は、「言っていることは全部わかるけれど、返事は英語になってしまう。話す日本語もたどたどしいカタコト」という状態でした。
短期の滞在で一番気になるのが、「制服や道具一式をどうするか」という問題ですよね。 この幼稚園はとても親切で、卒業生が残していってくれた非常用の制服を、快く貸してくださいました。体操服や上履き、お箸セット、粘土などの工作グッズも「お貸しできますよ」と言っていただいたのですが、私たちは制服以外はあえてすべて自分で新しく購入しました。「これから毎年ここに通わせてもらおう」という、我が家の決意表明でもありました。
年少さんの5月:アメリカの常識すらない3歳児のスタート
最初の数日間は、やっぱり朝に「行きたくない」と泣くこともありました。 ただ、これは「アメリカと日本の違いに戸惑った」というような、かっこいいカルチャーショックではありません。そもそも当時3歳の娘は、アメリカのプリスクールですらまだ入学前でした。彼女にとっては、アメリカのルールも日本のルールも関係なく、ただ「人生で初めてママと離れて、知らない集団の中で1日を過ごす」ということ自体が、人生最大の挑戦だったのです。
小さな背中で、毎朝一生懸命がんばっていたのだと思います。
目の前が真っ暗になるほどの不安もあったはずですが、その心配も1週間でピタッと消えました。 先生から「ずっと前からこのクラスにいたみたいですよ!」と驚かれるほど、娘はあっという間に馴染んでいきました。大成功の理由は、「年少さんの5月」というタイミングだったからだと思います。周りの日本の子供たちも、まだ入園したばかりで、ママと離れるのが寂しくて泣いたりドキドキしたりしている時期です。みんなが同じスタートラインだったからこそ、娘も浮くことなく、自然の波に乗るようにスッと溶け込めたのかもしれません。
一学期が終わる頃には、お家を行き来するようなお友達もでき、私の実家の「方言」まで完璧にマスターして帰ってくるようになりました。たどたどしさはすっかり消え、別れ際に先生方からも「来年も待っていますからね!」と言っていただけて、本当にありがたかったです。
2年目、3年目:すっかり「夏の風物詩」になりました
年中さん、年長さんになると、もう最初からベテランの風格でした。2年目の初日は、まるで「昨日も普通に通っていた」かのように、当たり前の顔をして教室に入っていきました。
先生からは笑いながら、こんなお話を教えていただきました。 「何ヶ月も前から、クラスの子たちが『〇〇ちゃん、もうすぐアメリカから来るかなぁ?』って楽しみに噂していたんですよ」
アメリカからの体験入学生だった娘は、いつの間にかその幼稚園にとって、ツバメがやってきたり、ひまわりが咲いたりするのと同じような、「夏の訪れを告げる風物詩」として温かく受け入れられていたようです。
普段アメリカにいる間、我が家の日本語環境といえば、私が話しかけることと、夜に絵本を読み聞かせるくらいです。特別な日本語学校には通っていません。それでも娘が、日本の同年代の子たちとまったく変わらない日本語力をキープできているのは、間違いなくこの「夏の2ヶ月間」のどっぷり日本語環境のおかげです。
そして、この幼稚園での時間がこれほど特別だったのは、先生方の信じられないほどの優しさのおかげでもあります。 実は毎年、最終日になると、先生方が娘のためにこの数ヶ月の思い出をぎゅっとまとめた「特別な手作りアルバム」をプレゼントしてくださっていたのです。ただでさえアメリカから来た園児が1人増えて大変なはずなのに、通常の業務をはるかに超えた愛情を注いでくださった先生方には、今思い出しても涙が出るほど感謝の気持ちでいっぱいです。
そんな温かい先生方とのお別れとなる、3年目の年長さんの最終日。 幼稚園の「卒業」とも重なるその日、先生方は大泣きして娘との別れを惜しんでくださいました。その姿を見て、私ももらい泣きして号泣。
ですが、当の娘はといえば、なぜみんなが泣いているのか分からずキョトンとした顔。「また来るから平気だよ」と先生にさらりと言い残し、さっさと園庭でお友達と走り回って遊んでいました(笑)
彼女にとってこの幼稚園は、寂しくお別れする場所ではなく、「また戻ってくるのが当たり前の場所」になっていたのだと思います。
在米日本人ファミリーのみなさんへ:旅行の思い出を超えた「居場所」
もちろん、私の実家が幼稚園の激戦区ではない「地方」だったというラッキーな面はあります。都会の混み合っている地域なら、もっと手続きが難しかったかもしれません。
最初の幼稚園に断られた時は少しハラハラしましたが、結果として3年間この幼稚園に通うことができ、娘の中に「私には日本にも、大好きな自分の居場所がある」という安心感が自然に育ちました。これは何ものにも代えがたい、本当に大切な宝物になったと感じています。
そして今年、新しいステージへ
そして今年、娘はさらに新しい一歩を踏み出しました。 今度は実家の近くの小学校にお願いをして、「体験入学」という形で小学校の門をくぐったのです。
ランドセルを背負った子供たちの列に混ざり、新しい教科書を開いて勉強しています。まだ始まったばかりで、これからどんな日本の学校ルールに驚くかはわかりませんが、観光旅行では絶対に味わえない「日本人としての普通の生活」を、娘は今、自分の足で一歩ずつ体験しています。
海外での子育ては日本語の維持や夏休みの過ごし方など、悩むことも多いですよね。でも、こうして一歩踏み込んで日本の生活に飛び込んでみることは、子供にとっても親にとっても本当に良い経験になります。もし「一時帰国中に通わせてみようかな」と迷っている方がいれば、ぜひ前向きにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。きっと、親子で忘れられない素敵な経験になると思います。






