第18回「三歳児神話:プリスクールか家庭保育か?」

第18回「三歳児神話:プリスクールか家庭保育か?」

現地校に関するお悩みにお応えするコラムです。今回はプリスクールのテーマをお届けします

更新日: 2018年08月14日

こんにちは。アメリカ現地校コンサルタントの高橋純子です。

このコラムでは、実際の在米日本人の保護者の方々から寄せられた、現地校や家庭教育などに関連した悩み相談への回答をわかりやすく説明いたします。

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子供が小さいうちは、家で親がずっと一緒にいるべきなのでしょうか。それとも、プリスクールに預けて、早いうちからいろいろ学ばせるほうが良いのでしょうか。今回はこのような論争に焦点を当てて、日米の3歳までの教育について考えてみましょう。


Q.

アメリカ人の夫との間に2歳の女の子がいます。今年の9月から近くのモンテソーリ系プリスクールに通わせることが決まり、私はフルタイムの仕事に復帰します。このプリスクールは朝8時30分から午後4時までで、毎日ベビーシッターに迎えに行ってもらうことになります。実は夏に2週間ほど、このスクールのキャンプ•プログラムに通わせたところ、最初は泣くこともあったものの、すぐに慣れて毎日楽しく過ごしました。お昼寝やおやつ、読み聞かせ、様々な遊びや社交活動も充実していて、先生は優しいながらも、マナーなどのしつけはしっかりしているようでした。日本なら「教育的な保育園」という内容です。しかし、このことを日本にいる母や親戚に伝えると、3歳までは母親が家で育てないと愛情不足で子供に悪影響が出る、ベビーシッターを雇うなんてとんでもない、他人に子供を任せるなんて、などと大批判の嵐でした。彼女らが言っていることに、実際どのような根拠があるのかわかりませんが、これでいいのかと非常に不安になってきました。夫は全く気にするな、早くから社会性を身につけるのは、本人にとって良いことだと言ってくれています。是非ご意見をお聞かせください。
(ニュージャージー州、母)

A.

せっかく良いプリスクールが見つかって仕事復帰が決まったのに、日本のご家族からの大反対で少し気持ちがゆらいでいらっしゃるようですね。小さい子を持ちながら、仕事をするというのは想像以上に大変なものですが、ご主人と相談の上、このような方針を決められたのであれば、私個人の意見としては、自信を持って進まれるべきだと思います。

「三歳児神話」とは?

さて、ご相談者のお母様やご親戚が根拠にしておっしゃっているのは、いわゆる「3歳児神話」と呼ばれるものです。一体これはどういったものでしょう?1950年代にボウルヴィという学者が存在したのですが、彼が「子供は3歳までは母親の手で愛情を持って育てないと、将来悪影響を及ぼす」という愛着理論を発表したのが始まりと言われています。これは日本ではかなりの定説になったようで、今でも幅広い層に信じられています。実際はすでに「いつも母親でなければいけない根拠はない」と否定されていることはあまり知られていません。その後他の学者なども、3歳まで母親が密着して世話をした子とそうでない子らを、長年追跡し比較調査する研究を行ないましたが、結果は曖昧だったようです。というのは、このような比較対照研究は、両方のグループが同じ家族環境や背景を持っていることが前提で、片方は家庭保育、片方は他者に預けられている子らのその後を、大人になるまで何年も何年も追跡しなければなりません。両グループが同じ家庭環境や背景である要因としては、家庭の収入レベルが同じ、両親の教育レベルが同じ、同じ文化と階級レベルの地域に住んでいること、家族構成が同じであること、祖父母と接する頻度が同じ、 家族の疾病(鬱など)の有無が同じなど、様々な項目が挙げられます。要するに、「母親が3歳まで家で育てる、育てない」という要因以外で、結果に影響を及ぼすような他の要因がないことを確認しなければなりません。しかし、例えば家庭で子供を育てていても、母親がイライラしている場合、怒りっぽい性格の場合、また他のことに没頭し続けている場合、また父親が全く子育てに関与しない場合などはどうなるのでしょう。また逆に保育園やシッターに子供を預けていても、子供と一緒の時は父母とも精一杯の愛情を注いで密着している場合など、研究対象となる二つのグループの子供らの実際状況を完全に一致させるのはとても困難です。そして、これらの条件を完璧におさえた調査が行われた研究は実際少なく, 結局は政治的•文化的な意味での議論や賛否両論にとどまっていて、「三歳児神話」は説得力に欠けたものとなっています。

アメリカと日本での子育ての違い

日本とアメリカでは子育てや幼児教育の分野でも見地の違いがかなり見られます。子供の発達に関して、例えば日本では「保育園」対「幼稚園」といった論争は常に存在しますが、アメリカではこのような議論は全くないと言っても過言ではありません。日本では、家族や母親本人の信条によって見方も変わってくるようで、例えば、これは筆者本人が日本でどっぷりと経験したことですが、3歳まで家で育て、その後幼稚園に子供を通わせている親は、保育園上がりの子を「粗野で態度も悪い子が多い」と批判し、また保育園に子供を通わせながら仕事をしている親は、「幼稚園上がりの子は社会性がなく、自分で何もできない子が多い」などと批判しあっていました。一部の子らを見ただけの批判を両側から聞かされて、いろいろ疑問を感じざるを得ませんでした。また一般的に保育園児=親の教育レベルが低く、経済的に苦しい家庭だから両親とも共働き、というイメージを持つ方々もおられて驚きました。もちろん地域的格差もありますが、私が係った保育園には、例えば教育•経済レベルの高い職業(医者、弁護士、大学教授など)や専門職の母親の子供らも多くいました。このように、実際には偏った家庭状況のイメージが未だ日本社会で根強く残っているので、ご相談者のお母様や親戚のような「3歳までは家庭で」と考える方の方がいらっしゃるのではないでしょうか。日本の保育園は、テーブルを囲んで教育的なカリキュラムを実行しているところが多い一方、 子供が複数なので、先生が大きな声でどなったりすることもあるでしょう。家庭教育のみの家庭の場合、母親が家で子供に付きっきりで読み聞かせや字を教えたりするのは素晴らしいことだと思いますが、その反面、2人きりでストレスが溜まり、愛情どころか口撃や体罰に走る親もいます。 母親も人間ですから、自分の身体と精神状態が健全でないと子供にも感情的にあたってしまい、子供が不安定になる可能性がある場合、「3歳児神話」は本末転倒となってしまいます。

母親としての評価を気にしない

アメリカでは日本のような社会による母親へのプレッシャーは少なく、母親の仕事や子供の教育、シッターを雇うか否かはそれぞれの家庭の問題となります。育児放棄やネグレクトなど、あまりにも酷い場合を除いて、母親への周囲からの評価などはほとんどないと言って良いでしょう。日本だと、例えば母親がおしゃれをしすぎたり、子供を預けてまでネイルサロンに行ったりすると非難されがちですが、アメリカでは母親でも普通の大人としての生活ができる時間を持つのは喜ばしいとされます。また、父親が「育児をヘルプする」「育児に参加する」という言い方は「人ごとのようでおかしい」と言われるぐらい、父親も育児をして当然と考えられています。もちろん母親が片時も離れず育てるのが理想に間違いないでしょうが、理想と現実は違い、母子•父子家庭もあれば、失業により母親は仕事、父親は在宅の家庭もあります。それでもこのアメリカで共通しているのは、家族はもちろんのこと、プリスクールなどの先生、シッターらの愛情までもが基盤になることと、自立と社交性を促す子育てが重要なことです。

プリスクールを始める意味

プリスクールは情緒的な内容や学習の基礎になるもの以外でも、礼儀、社交ルール、基本的習慣(自分のものをロッカーにかける、着替える、食べたものを片付けるなど)なども早くから身に付くように教えます。家でお母さんが全てをやってくれて、まるで「家政婦状態」になることのほうが子供に悪影響と言えるでしょう。アメリカは、子供が3歳になっても4歳になっても母親の後ろに隠れてきちんと挨拶できないと、通常問題視される文化です。また多くの母親が働いているのでベビーシッターが日常的に雇われていますが、シッターの子供への愛情、しつけ、家族との信頼関係も育まれているように見受けます。これらの事柄を考えると、ご相談者の行動は間違っていないと思われますし、また娘さん本人がプリスクールで楽しくお友達を作り、毎日何かを学んで帰ってくるのは、非常に意義のあることだと思います。基本的には各家庭それぞれが、家族全員ハッピーになるようなバランスのある子育て形態を見つけて維持されれば良いのではないでしょうか。ご相談者のお母様や親戚からの忠告は、参考程度に軽く流して、娘さんと一緒の時は思い切り愛情を注ぎ、ご自分の家族にとってベストな形と信念をつらぬいてください。


著者プロフィール:

高橋純子
KOMETコンサルティング代表
コロンビア大学応用言語学博士課程
NYを中心に日本人家庭への教育サポート活動、また現地校適応のための トレーニング、教材開発などを展開。 現地の新聞などに教育コラム等多数執筆中。 DVD教材 “Hiroshi Goes to American School”(原作・制作), 著書に「アメリカ駐在:これで安心子どもの教育ナビ」(時事通信社)がある。
KOMET website: http://www.faminet.net/komet
お問い合わせは jtkomet@gmail.com 高橋まで。

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